JASC BLOG
第58回日米学生会議 ブログ
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CATEGORY : 本会議日記
8月20日、JASC終了の一日前
DATE : 2006-08-20-Sun  Trackback 0  Comment 0
 8月20日(日)、JASC終了の一日前である。早朝からサンフランシスコにあるタワーに昇り日の出を見るという企画があったが、霧のため中止になってしまい大変残念であった。朝食を済ませ、近くのGlide Churchへ出かけた。ステージ上にはバンドや大人数のコーラスが迫力の歌を繰り広げていた。井上委員長と話していたのは、アメリカはご存知の通り競争社会であるが、教会という地域コミュニティーを通して、恵まれない人への援助や、子育て支援、医療援助というものがある。日本にはそういったものはあまり無い状態である。教会のような地域の助け合いという基盤が無い中で小さな政府を目指していって果たして大丈夫なのだろうか。
 夕食までは基本的にフリータイムだったので街へ出かけたり、ショッピングに繰り出したりと、皆思い思いの時間を過ごしていた。自分はアメリカンフードに別れをつげるため、カフェでフィラデルフィアステーキ・サンドイッチを堪能したり、皆へのお礼の手紙を書いたりとリラックスタイムを楽しんだ。
 夕方6時より本会議のクロージングセレモニーが行われた。約一ヶ月過ごした仲間と別れるのは寂しいが、ここまで皆で頑張って来て良かった、という充実感がいっぱいだった。59thJASCの実行委員から次回会議の概要が説明され、このJASCはもっともっと良くなるという期待感を抱かせるものだった。これで終わりではなく参加者皆にとってJASCは始まったばかりなのだ、ということを感じさせるセレモニーだった。
文責:安田立
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CATEGORY : 本会議日記
8月19日、サンフランシスコ
DATE : 2006-08-19-Sat  Trackback 0  Comment 1
今日の予定は、午前は次期実行委員(EC: Executive Committee)を決める選挙。午後は、選挙で選ばれた新実行委員は早速夜まで来年の59thJASCについてのミーティング。そのほかの人たちはフリータイム。

はじめに言うと、自分は運良くECに選出されたので、午後以降はそのことを以下に記そうと思う。この日は朝はECのelection。仕組みはこう。当日までの朝8時までに、候補者名簿に名前のあったものが皆の前でこの日、スピーチと質疑応答をする。他のJASCerはそれに基づき次期ECに相応しいものの名前を投票する。そして投票の結果、数の多い者から8名が当選する。候補者名簿には誰が誰の名前を書いても良い。自薦他薦問わずということである。ちなみに自分の場合は他薦。もちろんスピーチの準備もしたし、興味はありつつ悩んでいたのだが、最後は他薦してくれた後、やはり自分から降りることができなくなったし、したくなくなった。でも自分の場合だけ、シートに本名でなくニックネームだけ書かれていて、当日の司会でアメリカ側委員長のシーアンを困らせてしまった。

当日のサインアップ締め切りまで多くのJASCerが悩んでいた。一ヶ月が過ぎて、多くのことを経験したからこそ、ECをやってみたい、興味があるという58th参加者は多かった。ECは実りあるかつ楽しい仕事。しかし、それには物理的精神的に重いもの、そして責任あるものだとみんなわかっていたからだった。悩んだ挙句、アプライをあきらめたりしなかったもの、そして挑戦したものいろいろいた。そんな58の皆にとってこの数日の出来事だけでもまた大きなものだったと感じる。当選する者がいるということは、思いがありながらもECという形でJASCに接する事が出来ない人も当然いる。それが何を示すのか選ぶ側も選ばれた側も常に考えていくべきかもしれない。

お昼はケータリング。食後に部屋を移動して今度は時期ECの発表があった。アメリカ側8人、日本側8人。決定したらすぐさま壇上で軽いお披露目。ここで自分たちは初めて”ECs!”と呼ばれた。正直実感は半分。わくわくもするけど、結果が出た直後なので少し複雑でもあった。

実はこの建物は性的に多様性のある人のコミュニティセンターだった。また貴重な体験をした。さすがSF。ありがとうAEC!特にジェフ。翌日は新ECは1日ミーティング、他の人たちはフリーだった。彼らの中にはゲイタウンとしても有名なカストロ地区へ行ったものも多いいみたい。もっとすごい体験をしたそうな…
この日のミーティングはそこまで紛糾することもなく、比較的テンポ良く進み22時にはホステルに帰れた。16人ホントにいい奴ら、面白い奴らが集まった。帰ったらみんなそれぞれ気ままに過ごす。そういってもSFサイトだけでなく、the 58th JASC全体がもう少しで終わる。どれだけの涙が待っているのだろう。それが頭にありながらも、思い思いに楽しく過ごした。自分はというと、確か飲みに行った。近くのスポーツバーによってからアイリッシュバーで飲んだ。最後はラーメンがメインの日本料理店で熱燗やラーメンや。ここはSF初日にたまたま寄ってイチローに会えた場所。それからもなんだかんだ行って毎日通ってしまった。でも、その話は、また別の場所で。
文責:安田雅治
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“Taka! Wake up!” 普段は野郎共のその一日の活動を始めた物音で目が覚めるのに、今日は下からの声で起こされた。ああ、アンドリュー、ありがとう。そうだ、アンドリュー、いつもいびきが酷くてごめんね。夜中に起きて”Oh, Jesus!!”なんて嘆いてたらしいじゃないか、安田の立ちゃんから聞いたよ。”Godzilla”って言われたけれども、その表現もあながち嘘じゃぁないみたいだ。
朝か、もう朝なのか。う~ん。声にもならないような声を上げながら、広くも狭くもないベッドの上で伸びをする。2段ベッドの上からの景色はやっぱりいつまでたっても変わらない。男4人が小さな部屋に詰め込まれるとこうなるのか。無機質に乱暴にガランと口が空いたままのスーツケースは、ただこちらを向いている。「こんなところまで開放的にしてしまうのか、サンフランシスコ」とかなんとか思いながら脱ぎたての服をその口めがけて投げつける。ゴール!いい一日のスタートだ。
どうやらサンフランシスコは相変わらず爽やかな天気らしい。ブラインドの隙間から溢れる日の光が目に痛い。が、それは同時に心地よい。
アメリカに来てから「寝る」ということを忘れてしまったかのようだ。夜遅くまで、もしくは朝早くまで、何か話しているか何かのためにパソコンを叩いている。特に昨日は多くのデリゲーツがそうだったろう。なんてったって今日は最終フォーラムの日だ!各分科会の総まとめ、発表なんだから。昨日のリハーサルを思い出す。
スーツに着替え、ダッシュでキッチンに向かう。”Good morning!” オレンジジュースを一気に飲み干し、ベーグルを口に挟んで部屋に戻る。ホステルの朝食には飽きてきた。
忘れ物はないか3回も確認して、バッグを手にする。ちゃんと革靴も磨いてある。なんてったって今日は最終フォーラムの日だ!ロビーに集合。スターバックスのコーヒーが振舞われていた。5杯も飲む。なんてったって今日は最終フォーラムの日だ!
時間が押しているのか、ジェフになんだかんだで急かされ一同はひたすら歩いていく。白人、黒人、黄色人。スニーカー、革靴、ハイヒール。英語、中国語、スペイン語。スケートボードに乗ったビジネスマン。ホームレスの叫び声。流れて来てはすれ違い、また流れて行く彼ら彼女らは、ただの景色ではない。
会場はまだ空いていないらしい。日米の両委員長はハンバーガーショップで直前の打ち合わせのようだ。そしてCivic Center Parkでリラックスと昼食のTapaを摂る。
いよいよフォーラム。今日は一日のスピードが速い。心臓のペースが速いからだろうか。San Francisco Public Library – Koret Auditorium。ジェフ、またまた催促ありがとう。分かってるって、時間には席につくってば。
フォーラムではまず中村まさえ女史のスピーチ。強制収容所生存者でいらっしゃる彼女の言葉はあの小さなご老体から、異様な程の説得力とプレッシャーをほとばしらせていた。
そして7つの分科会の発表に移る。
① Designing a Global Company: Responsibilities and Strategies
② Global Mobility: Multicultural Issues and Community Building
③ Global Subculture: Creation of “Reality” in Imagined Communities
④ International Development: Poverty and Progress
⑤ National Identity and International Perceptions
⑥ Science and Society: The Implication of Innovation
⑦ The Evolution of Civic Participation: Non-state Actors and Transnational Politics
それぞれの分科会がそれぞれのやり方でそれぞれの問題を抱えながら辿り着いた中間ゴール。OB・OGもかけつけたフォーラムは、笑いあり、されど真剣に、進んで行った。自分の発表パートもつつがなく終わり、また壇を下りて発表を聞いている時はみんなが格好良く見えた。いや、多分見えただけじゃなくて本当に「格好良い」んだろう。やっぱりこの会議のレベルは高い。
 何時間経ったろうか。終わった。とうとう終わった。鳴り止まない拍手。後はひたすら写真の撮り合い、笑い声、ハグ。なんかこれまで色々あったけれど、とにかく良かった!
建物を追い出されてみては、半端ない開放感。ホステルまでの足取りは軽やかだった。
 「もう遊ぶだけだー!」誰かがはしゃいでいた。カジュアルに着替えてからはCrissy FieldでBBQ!Thanks to ジェフ一家!海風が寒い位だったが、みんな常に笑顔だった。自分は早めに切り上げる。それでも、サッカーし続けたヤツはいるわ、海にダイブした奴はいるわ、夜遅くまで海岸にいたメンバーも沢山いた。
もうそれからのことはよく覚えていない。ただひたすらな開放感・安堵感・それと並行して存在する明日の来期実行委員選挙に向けての緊張感。
結局、朝が来るまで語り明かしていた。
文責:源飛輝
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この日JASCersはホストファミリーと共にFirst Baptist Church of Moore, St. Thomas More Catholic Church & Student Center, St. John Missionary Baptist Church, New Life Bible Churchの四つの教会に分かれ、午前中のサービスに参加した。私はBuddyと共にNew Life Bible Churchを訪れ、ここでの体験は私の教会のイメージを大きく変えるものとなった。
“For people who thought they’d never like church(教会を好きになれないと思っていた人のために)”というモットーを掲げるNew Lifeでは、朝の11時頃からサービスが始まる。服装は自由であり、多くの人は半ズボンにTシャツ、靴はサンダルを履いている人が多い。講堂に入ると前のステージでは教会のロックバンドがポップな音楽を演奏し、皆立ってリズムに手を合わせながら、体を揺らせて歌っていた。一時間のサービスのほとんどは、こうして皆で歌を歌うのだが、途中で10分程のドラマが組み込まれている。これは子供から大人のボランティアの方が毎週一緒に演じており、毎週の聖書のverseをより身近に感じられるように、私達の生活の中の例おもしろおかしく、時には感動的に描かれているのである。サービスの後は、皆で持ち寄った食べ物を分け合い、一緒にお昼を食べた。初めて出会う人もお互いを笑顔で迎え、「こんにちは。お元気ですか。」と声をかけていたのがとても印象的だった。また、サービスの始めに「今日は日米学生会議からのお友達もWelcome!!」と大きな拍手で迎えて下さったことも印象に残っている。
New Lifeでは自由さ、そして聖書をいかに自分の生活に結び付けて考えられるか、更にはコミュニティーの大切さが強調されていたように思う。めまぐるしく変化し、忙しさに追われる現代、このような自分に合った関わり方を選べ、自分の生活と結びつけやすい形式のサービスを行う、新しいタイプの教会が益々主流になってくるのだろうと感じた。
文責:廣瀬裕子
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CATEGORY : 本会議日記
8月10日、雲ひとつない空、強い陽射し。
DATE : 2006-08-10-Thu  Trackback 0  Comment 0
オクラホマの自然を満喫し、ネイティブアメリカンの文化に触れることが出来たこの日は、会議中最も印象に残った日のひとつだ。雲ひとつない空の下、強い陽射しが地面を照りつける中、歩きまわったHoly Cityで過ごした短い時間はバス移動の疲れを癒してくれた。都市から離れたところにあるアメリカの自然を肌で感じることが出来た貴重なひと時だった。その後、数々の博物館を訪れ、地元の歴史やネイティブアメリカンの文化について学んだ後、夕方はPow-Wowと呼ばれる彼らの伝統文化を体験した。伝統衣装に着飾った地元のネイティブアメリカンの方々と、大きな広場で円形に手を繋いで踊った経験はとても楽しかった。これ以前に訪れたニューヨーク州やワシントンDCとは違う、ゆったりとした時間の流れるオクラホマで過ごしたこの日、自分はアメリカの新しい一面をまた垣間見ることが出来た気がした。
文責:長崎智裕
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CATEGORY : 本会議日記
8月8日(金)2時起き、リンカーンは見ていた、ショウの準備。
DATE : 2006-08-08-Tue  Trackback 0  Comment 0
 The early bird gets a worm. なんて諺があるけれど、Washington DCを後にする我々ジャパデリの朝はとても早くって、具体的に言えば朝の2時に起床せねばならず、2時に起きるということは従って、厳密に言って寝ているかどうかさえ不明なのだけど、その辺の神学論争には立ち入らないようにして、8時出発をいいことに隣で大の字になっていびきをかいてるPhilip Vuの脚を軽く蹴飛ばしつつ同時に寝ぼけて頭の回らない自分自身をパッキングしてしまわないよう気をつけながら、なかなか来ないエレベーターがやっとのことでスーツケースを階下まで運んでいくのを見届けた後、時間通り来たバスに満を持して乗り込んだ。空気に炭を溶かし込んだような漆黒の闇の中を1時間弱かけて空港まで走るバスの座席で思い出すのは思い出として整理されることを頑に拒みながら生起し続けるDCでの出来事の数々で、それは日米中の知性が集う熱い熱いトライラテラルフォーラムだったりホステルを満たしたあの香ばしいお好み焼きのにおいだったりリンカーンを背にした行き詰まる接近戦だったりするのだけど、自らの思いを思い出として人類普遍の文字という媒体を通じて綴り、可視化するなかで総体という名の波に洗われ失われていく断片もきっとあるんだろうな、なんて考えているうちに定員100名弱の小型旅客機は既に僕らをオクラホマの大地まで運んでいたことを、目の前の客室乗務員の笑顔は知らせていた。40度を超える気温も湿度が無ければ存外涼しいことは大きな発見で、オクラホマの光る風を全身に感じながら実りも多いけれど過密なスケジュールから逃れられたことにほっと一息ついて部屋に戻るとルームメイトとして僕を迎えたのは何を隠そうPhilip Vuで、妙な気を利かして夜間部屋を空けてやるといってニヤリと笑う彼とJASC本来の意義を巡って拙い英語を駆使して滔々と討論した僕は歓迎レセプションを終えると早速Cornellから温めていたタレント・ショウの内容を具現化させるべく相棒Lucasの部屋のドアを叩いた。準備は踊りされど進まず、結局徹夜することになった僕らはearly birdsにはなれそうも無いけれど、一晩中練りに練った脚本で臨む明日のタレント・ショウはきっとコップの外にも大きな嵐を巻き起こすにちがいない、そんな夢とも妄想ともつかない思いに火照った体で寝返りを打って、白みつつある空にお別れすべくそっと目を閉じた。
文責:高井竜輔
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8月6日 日記                          
➢Natinal Museum of the American Indian
➢Free time for tour in DC (Smithsonian Art Museum→Sculpture Garden→National History Museum→Union Station)
➢Twilight Tour (Union Station→Korean War Veterans Memorial→Vietnam War Veterans Memorial→Lincoln Memorial and Washington Monument→Jefferson Memorial→FDR Memorial→National WWⅡMemorial)

今日は本当に盛りだくさんだった。DCの観光を一日にまとめてしまったような、そんな一日だった。いつものようにぎりぎりで集合し、分科会ごとに出発し、DCの市内を炎天下の中歩いていった。
でも今日の私はとてもうきうきしていた。それはNational Museum of the American Indian(NMAI)へいけるからだ。日本にいるときからアメリカ地域研究をしていた私はインディアンがアメリカの中心のDCにこうしたMuseumを設けているということを知っていて、これにかなりの期待をしていた。中に入るとまずは映画らしきものを見た。現代に生きるインディアンの日常生活の中に秘めた誇りや文化の継続の必要性を訴えていた。それを見終わると、Museum内のMitsitam CaféでBuffaloの肉のHamburgerを食べた。その後は6:15までFree Timeとなった。

まずNMAI内を見て回ることにした。3-4階だての建物はかなり広く、MakoとRachelとの3人で迷いながらExhibitionを見て回ったが、その展示内容は期待していたようなものではなく、色んな部族の武器や衣装が乱雑に展示してあり、あまりよくわからなかった。各部族の価値観などの展示は興味深かったが、あまりに種類が多く混乱してしまった。自然を大切にしようというメッセージは伝わってきたが、社会に対しインディアンのdiscriminationの歴史を発信しようというメッセージはあまり伝わってこなかった。

そんな中で、NMAIの展示に飽きてしまった私はBookstoreにいって、インディアンの説明が色々書いてある本を購入し、友達とともにNMAIを後にした。Smithsonian Art Museumに行こうという事になり、他のJASCerを誘っているといつの間にか、私と5人の女の子という変な団体が出来てしまった。MakoとRachelに加え、小迫由衣、三窪英里、池田早希という美しい女性陣とともに西洋美術を鑑賞した。しかし、期待もむなしく見て回っている間に全員が散り散りばらばらになり、結局一人で見て回ることとなった。私はルノワールのDianaという絵が目に留まりずっと眺めていた。

美術館をでると今度はSculpture GardenをぬけてNational History Museumによって、アメリカの歴史を簡単にまとめてある展示などをぐるっと回って、集合場所のUnion Stationへ急いだ。早めに着いたので、女性陣はみなショッピングにいってしまい、私と小迫由衣で下の巨大なフードコートのテーブルで寝てしまった。みんなが帰ってきて、他のJASCのメンバーもくっついて20人くらいの大所帯になって、一緒に各自買ってきたものを和気あいあいと食べた。

6:30になり、大型バスに乗り込んだ。Korean War Veterans MemorialからVietnam Veterans Memorial Wall、そしてLincoln Memorialへと歩いてまわった。Lincoln Memorialでみた夕日はWashington Monumentと重なってとても綺麗だった。このとき印象的だったのは、「ここは綺麗で、すごくRelaxできるね。」とSheehanに話しかけたところ、「ここには色んな悲しい歴史があるんだよ。だから僕はいろんなことを考えてしまってRelaxできない。」という予想外の答えが返ってきたことだ。そのあとずっと無言でWashington Monumentに太陽が隠れていく様を眺めていた。かなりの時間をゆったりと過ごし、またバスに乗り込んだ。今度はJefferson Memorialに着いた。集合写真を撮ろうとするのだが、みな自分勝手に動きすぎて全然集まらず、とても時間がかかった。とてもJASCらしい場面だと思った。またバスに乗り込み、FDR Memorialに着くとあたりはもう真っ暗で、月が皓皓と光っていた。戦争をしてはならないという決意の言葉が刻まれていたのも印象的であった。実はこの後から私は記憶がない。なぜなら次のNational WWⅡ Memorialではバスのシートで寝てしまっていたからだ。気づいたらバスはそのままDCのHostelに着いていて、ねぼけたまま降りて、いつものようにLoungeで友達とだべり、そして眠さに耐え切れずBedへと転がり込んだ。

文責:杉山亮太
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CATEGORY : 本会議日記
8月4日そろそろ慣れてきたDCの街
DATE : 2006-08-04-Fri  Trackback 0  Comment 0
そろそろ慣れてきたDCの街を今日も私たちはスーツで歩き回った。そして走り回った。
まず出発前、あまりに早朝の出発だったため、朝8時からスタートのホステルの朝食にありつけず、半分眠ったままの脳からの指令と、サイトコーディネーターのStantonの指示を受け、ホステルを出発。日本の地下鉄とは違い、色だけで見分けがつくとても分かりやすい地下鉄をRT毎に乗り継いで、まずはState Departmentへ。ペットボトル、お財布、カメラ、女性が頻繁に持ち歩く小さな小さなバッグも全て今日は持ち歩き禁止。午後にホワイトハウスに見学へ向かったことを考慮すれば当然と言えば当然ではあるが、これが慣れないとなかなか厳しい。セキュリティーチェックがあるので、IDは必須、でもポケットの数は限られているし、女の子たちはお化粧直しもしたいし、名刺だって持ち歩かなければ・・・と葛藤を乗り越えながらの1日だった。
国務省では、歓迎のメッセージの後、東アジアとアメリカ関係について、主に安全保障についてのお話を伺った。日本に留まらず東アジアに対するお話であったので、JASC側からも東アジア共同体についての質問などが出され、有意義な質疑応答の時間であった。
2時間弱の国務省訪問を終え、朝食抜きで力が半減していたJascersは、RT毎にまずは朝食をとり、それからホワイトハウスへ。Walk Faster!!!のStantonの声を背後に、ホワイトハウスへ。ダッシュ。ダッシュ。照りつけるきつい日差しの下、72名、スーツで、ハイヒールで、ダッシュ。ホワイトハウスのセキュリティーチェックを円滑且つ迅速に行うため、アルファベット順に並び、話したことのないJascersと隣になることもあり、ここでもプチアイスブレイキングが行われていたりした。 
JASCが始まって早一週間、まだ少しギコチナイ部分も無きにしも非ず。。ホワイトハウス内の見学は、個人的には美術館的な印象を受けた。あっという間の見学であったが、街の中に聳え立つホワイトハウスの中に踏み入れられたことは、ちょっとミーハーな気分になりつつもとてもよい思い出になった。
その後は、いきつけ(?)のレーガンビルディングのフードコートでランチを食べ、RT毎に分かれてフィールドトリップに出かけた。私が所属するNIIPは、時事通信を訪れ、情報を発信する側の方々からお話を伺った。常に、情報受信者が何を知りたいのか、何を求めているのかを念頭において仕事をすること。基本なのかもしれないが、基本の中に必殺技は隠れているのだと再認識することが出来た。また、私たちのタンジブルリザルトに関しても助言を頂き、心強いサポートも頂くことが出来た。連日のハードスケジュールの中での一瞬ではあったが、非常に充実した時間であった。
その後もハードスケジュールは続いた。
格RT毎に、DCのシェラトンホテルに向かい、アルムナイの方々とお話をすることが出来るキャリアナイトが開催された。わざわざ日本から飛んで着ていただいた梅津さんを含め、多くのアルムナイの方々を迎え将来就く職業についての相談や、現在先輩方がどのようなお仕事をされ、JASCが人生にどのように影響しているかなどを教えて頂いた。どの先輩にも非常に熱心にお話を頂き、将来の職業を考える上でとても参考になった。
暑くて暑くて、かなり体力を消耗した一日だったが、夜も恋愛・男女観・9,11などについてのスペシャルトピックも組まれとても生産的な日だった。そろそろみんなの疲労の色も見えてきた。
体調と時間管理に気が抜けないDCはもう少し!オクラホマも待ち遠しいですが、素敵なこの町とこのホステルにも、そろそろ馴染んできた頃なので、なんだか愛着が沸いてきました。

明日も素敵な一日になりますように♪
文責:佐藤友紀
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 Trilateral Forumの日。日本とアメリカ、そして中国、という三国間の関係を捉えるフォーラムで、58th JASCの”global framework”という精神を再認識させられた。私は中国人の学生に中国語で自己紹介をして、理解してもらえて喜んでいた。その女の子が私に英語で質問をし、私が中国語で答える、という不思議な会話が続いた。首相や大統領からは見えないところで、どんどん交流は生まれている。
8時間ほどに亘るフォーラムの後に向かった先は、日本大使館。日本食の都。お寿司に天ぷら、ジャパデリもアメデリもみんなお箸が進む。先のフォーラムのパネリストの方々や、大使館の方々、アルムナイの方々といろいろなお話をさせていただいた。1対1で話すのは、スピーチを聞くのとはまた違い、話の展開がどこに行くかわからず面白い。結局、奥様との出会い話になったり。。。
DCの蒸し暑い天気も、今日の通り雨で、少しだけ涼しくなった。
文責:小迫由衣
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CATEGORY : 本会議日記
8月2日 グラウンドゼロ・国連訪問、そして
DATE : 2006-08-02-Wed  Trackback 0  Comment 2
 今日はグラウンドゼロ・国連訪問の後にワシントンDCへ移動を行った1日だった。グラウンドゼロは、高層ビル群に平然と存在していた。現在は記念館を建設するための工事が進行中で、遠くから見るとそこが単なる大都会の中の工事現場の1つに見えたことに、違和感を覚えた。現場に近寄ってみると、工事中のフェンスの周りには、9月11日にアメリカで何が起きたのかを時系列に従って詳しく説明するプレートと、被害に遭った方たちの名前を並べたプレートが掲げられていた。9月11日の時系列のプレートを見ていると、アメリカ人参加者の「あのとき自分は~をしていた」という会話が聞こえてきて、ワールドトレードセンターが崩壊した瞬間、自分がどこで誰と何をしていたかを今でも鮮明に覚えている人や、後から知ったのだが、未だにグラウンドゼロの場に立つのは辛すぎると、訪問を避けた人がいたことを知った。また、被害に遭った方たちの名前は、「Hero」としてプレートに掲げられていて、そのHeroという言葉の解釈について深く考えることとなった。9.11がアメリカに与えた影響について深く考える一日となった。
文責:笠井 寛子
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