JASC BLOG
第58回日米学生会議 ブログ
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CATEGORY : 本会議日記
「始まりの合図」7月28日(金)
DATE : 2006-07-29-Sat  Trackback 0  Comment 0
 朝7時半に目が覚めると、20時間にも及ぶ昨日の旅の疲れにも関わらず不思議とわくわくした感情につつまれていた。シャワーを浴び、服を着替えて朝食の場所へと向かうと、そこには多くのJascer達がおり、ベーグルを頬張りながら笑顔で楽しそうに話している。この光景を見たとき、「ああ、いよいよ日米学生会議始まったんだな」とはじめて実感した。

 本会議一日目から日程はハードでかつ充実したものであった。午前中はECの紹介とこれからの日程等の説明を受け、お互いの文化や行動特性を学び、Jascとしてどのような姿勢で臨むかをみなで共有した。

 その後に長い間外交に携わってきたMrs. Robin より、どのように人脈を作るか、またその大切さについてレクチャーを受けた。それに刺激され、今日一日みな積極的にコミュニケーションを取ろうと努力していたと思う。

 午後は初めての分科会と、ビジネスフォーマルでのレセプションを経験した。これから一緒にやっていくメンバーを知り、またJascの軌跡を知ることで、学生会議が様々な人の支えで成り立っていることを実感し、改めて身の引き締まる思いがした。

 58回Jascの船は、始まりの合図と共に動き出した。

担当者:大原 学
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CATEGORY : 本会議日記
7月26日 直前合宿初日
DATE : 2006-07-26-Wed  Trackback 0  Comment 0
 今日は、直前合宿の初日。各自目一杯の期待と一抹の不安をトランクに詰め込んで、お昼過ぎに集合した。まず取りかかったのは、分科会ごとのアメリカでの取り組みやミッションなどのプレゼンの準備。英語でのプレゼンは、僕自身初めての体験だったので、早速JASCでの自分の決意を問われることになった。その後、外交官の大江先生から『外交官から見たアメリカ』と題してレクチャーしていただいた。実務家の人から生の声を聞く機会はそうそうないので、楽しみにしていた。夜は、アメリカ側の参加者と交換する劇の打ち合わせをしたり、慌ただしくすぎていった。日記を書こうとまっさらなノートのはじめのページを開きペンを走らせると、まだ見ぬものへの緊張からか、書き込まれる文字は若干うわずっていた。そして、みんなもなかなかねれないらしく夜遅くまで語り合っていた。
文責:青山泰司
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CATEGORY : 分科会 「多国籍企業とビジネスモデル」
ISO審査会社 「日本検査キューエイ株式会社」勉強会
DATE : 2006-07-24-Mon  Trackback 0  Comment 0
日本検査キューエイ株式会社 勉強会
テーマ「企業のあるべき姿とは? ~企業審査の視点から学ぶ~」
講師:日本検査キューエイ株式会社 取締役 丸山 陽司 氏
   日本検査キューエイ株式会社 企画部 理事 森 哲郎 氏

 去る7月7日(金)、七夕の午後、二時間半に渡って「多国籍企業とビジネスモデル」分科会のメンバーを中心にして日本検査キューエイ株式会社を訪問して、お話を伺いました。

 今回の勉強会の目的は、「多国籍企業とビジネスモデル」分科会が、今月末からのアメリカでの本会議を経て、提示したいTangible Resultの礎でもある「企業のあるべき姿」を学ぶことです。

 まず、丸山さんの話は企業のあり方に対する問題意識からはじまりました。企業にとって利益追求は当然ではあるが、本当にそれでいいのか。昨今の企業は目先の利益に走りすぎてはいなのか。だからこそ、ライブドアや村上ファンド、三菱自動車の問題が起こってしまっているのではないか、とのことでした。

 それでは、企業には何が必要か。つまり何を実現すれば「あるべき企業の姿に近づくことができるのか」という話が続きました。この問いについて、丸山さんは二つのことに焦点を絞って話されました。①本物であること。②透明であること。

 まず①の「本物であること。」についてです。品質保証規格のISO9000内では、それは「顧客要求事項を満たし、顧客満足を向上させること。」だそうです。しかしながら、近年、不祥事を起こした製造業の企業を例にあげると、工場にとっての顧客が、極端なことを言えば本社になってしまっていました。つまりは消費者に対して十分な意識が至っていなかったということです。やはり満足させるべきは本社でなく、顧客であることは明白です。従って、ここで重要なことは満足させる相手を明確にしていること、それが「本物である」必須事項だそうです。

 また、環境マネジメント規格のISO14001では、それはステークホルダー(利害関係者)を明確にしていることだそうです。この規格では、認可を受けている企業は、著しい環境側面(環境負荷)を減少させるための目標を立てて行動することを義務付けています。やはり、ステークホルダーが地域住民なのか、消費者なのか、それとも地球環境なのか、それらを含むすべてなのか明確にすることは大切だと思います。

 次に、②の「透明であること」についてです。認証(ISOなど)も透明であることを明示する一つの手段です。実際に、ISO規格内でも外部コミュニケーションをとることを促しています。また情報開示も重要な側面で、昨今では1000社程度がCSR(環境)報告書を発刊しています。企業の透明性はサステイナブルな企業づくりを維持していく上でも非常に大切なことになっていくはずです。

 これら上記二点を踏まえて、現在の日本企業の弱点も語っていただけました。それは起こってしまった間違いに対しての是正処置も大切だが、それよりも間違いは必ず起こることという認識を前提にして、対策の手順を立てておくことです。日本企業は「頑張っていれば問題は起きない」という錯覚に陥りがちで、このことを疎かにしがちな点は否めないとのことです。

 またこれまでは不祥事が起きれば、企業は徹底的にたたかれる世の中でした。しかしながら、昨今、しっかりとした対処が評価され、不祥事を起こした瞬間に有無を言わさずたたかれる時代ではなくなっています。不祥事を予防是正を踏まえ、いかに阻止するか、そして起こってしまったときにどう対処するか、企業のあり方を探る上で重要な視点だと思いました。

 さらに、「規格のあるべき姿」についてもお話頂けました。ISO等の規格取得において最も大事なこと、それは規格取得が内的イニシアティブのもとに取得されるべき、とのことでした。日本企業の多くは、公共事業の受注や親会社かの要求など、外的な要因で規格取得に至っているところが多くそれでは意味がない。つまり、ISOとういうマネジメントシステムを本業にメリットをもたらすものだと意識し、取得後もしっかりと実行に移していくことが大切だそうです。ISO9000であれば不良品を減らしコスト削減に、ISO14001では環境に良いものをつくり、リスクを減少させるということです。

 日本では、企業が右に倣えと言わんばかりにISOを取得していると言われている。しかしながら、今日のお話を聞いて、ISOを活かして企業がいかにして企業価値を高めていくかという問題に取り組みつつ、改善を行っている企業こそ、ISO取得という点から見ると、いい企業の条件のように感じました。また、企業は不祥事を起こしてしまう可能性があるということを必ず念頭に起き、それに対していかにスムーズを実行できるか、またしっかりとそれらが起こらないように予防できていたかも重要なことと感じました。考えてみれば企業も「法人」であり、いわゆる法的な人です。私たち市民自身も間違いが起きてしまった場合に、間違いを糾弾することに全力を注ぐマスコミに同調するだけではなく、それに対しての対策がどうなっているかも見極めて企業を評価しなければならないと考えました。

 また、企業のあり方というテーマからは少し主旨が異なるのですが、参加者から出た質問に対しての森さんの答えが非常に印象的でした。質問は「ISOなどの規格は基本的には欧米を中心につくられているようだけど、どうして日本は国際交渉の場で弱いのか。」というものです。

 それに対して、森さんはまず僕らに日米学生会議(以下JASC)は通訳はいるのかと問われた。JASCには通訳はいないし、公用語は英語になっていることを伝えると、それは駄目だよとのお答えだった。つまり、たとえ英語が話せても、主張すべきところはしっかり自国の文化的な背景を含んでいる日本語で伝えるべきで、特に二国間での会議ならば、尚更とのことでした。日本人は、昨今、自国の文化的な価値をしっかり自己評価できていないから、自国に客観的な評価を持てず、それが国際交渉の弱さの根幹にあるのではとのことです。

 確かに、僕自身もそれは感じます。ただ、現時点で学生会議の公用語を日本語と英語両方を規定することは難しいかもしれません。しかしながら、そうした主張を持っていること、そしてそれが主張できるほど、日本について知り、理解してから会議に臨むことはとても大切なことだと思いました。僕ら日米学生会議もやがては国際交渉を担う人が育ちうる場を提供できる存在であり続けるためにも。

 本日は、お忙しい中、お時間を頂き、「企業のあるべき姿」について、また多くの興味深いお話を聞くことができ非常に勉強になりました。ありがとうございました。

担当者:第58回日米学生会議実行委員会 山田裕一朗
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日本郵船株式会社 勉強会
テーマ「海運会社の特性を活かしての社会貢献とは」
講師:日本郵船株式会社 広報グループ グループ長 永井 圭造 氏
   日本郵船株式会社 広報グループ コーポレート・シティズンシップ・オフィス チーム長 浜本 佳子 氏


 去る6月27日(火)に、「多国籍企業とビジネスモデル」分科会を中心として日本郵船を訪問し、勉強会を行った。

 テーマは「海運会社の特性を活かしての社会貢献とは」。私たちの分科会では、現在、本会議での分科会セッションにむけて、「企業のあるべき姿」を模索していくために、企業の社会貢献活動、パブリック・リレイションズ、マーケティング等に着目して勉強している。

 その中でも、今回は、本業を通して社会貢献活動を実施し、また実際にそれらの活動が社会やマスコミからも高い評価を受けている日本郵船株式会社に強い関心を抱き、上記の命題のヒントを、そして日本企業の目指しているものを理解し、アメリカでの実際の議論に活かそうと考え訪問させて頂いた。

 まず、お話は日本郵船の歴史からはじまった。参加者の顔には「なぜ歴史から?」という表情も浮かんでいたが、その答えは後になって分かる。日本郵船は、岩崎弥太郎氏が九十九商会として、起業して以来、渋沢栄一氏の共同運輸会社との合併も含め、120年以上の歴史を誇る。

 そして、2005年の創立120周年記念を機に、それまでも、もちろん社会貢献事業を実施していたが、社会貢献を専門に扱う部署の設置や記念事業としての社会貢献活動が大々的に行われた。まず、部署の設置はそれまで行ってきた、もしくはこれから実施する社会貢献事業が継続的に実施していくための社内的な枠組み作りとしての必要性から、作られたものだ。

 それは、日本郵船の広報グループ内に、コーポレート・シティズンシップ・オフィスとして設置された。ただ、そこには日本郵船の長年の歩みが反映されていた。戦前は、主に人を世界各国に送り届け、日本と世界をつないだ。その後、太平洋戦争で大打撃を受け、日本郵船の船は(日本郵船の船舶が商船にも関わらず、空母などとして使用された。)一隻の医療専門の船舶を残して沈没した。再出発した戦後は、加工貿易型で発展した日本経済を海運面から支えた。

 しかしながら、1990年代のバブル崩壊、その後の失われた10年を経て、日本経済が右肩上がりに成長し続けるという神話も過去のものとなり、企業はそれまで顧みなかった社会や地球環境といったステークホルダーにも積極的に目を向けるようになる。時代ともに企業に求められる事象も変遷している。だからこそ、歴史を知ることから、始まらなければならなかったのだ。「企業も市民と一緒だよね。」永井さんの言葉がすごく印象的だ。

 社会というステークホルダーに対して何ができるか。

 まず、注目すべきは社内に社会貢献活動を担う部署を設置したことだ。そこで最も大事にされていることは社員に対して、社会貢献活動を行う「場」を提供することだ。そしてこの「場」を提供することこそが、CSR等、昨今叫ばれるようになった言葉だけ目新しい概念に血を通わすこと、それをサステイナブルな存在にしていくことでもある。さらに、それは日本郵船の伝統的な社風をもう一度見つめ直す「場」を社員にもってもらうことにもつながり、やがて社内文化を形成していく。もちろんこうした活動は必ずしも財務諸表にあらわれる利益にはつながらないかもしれないが、後世に持続していく「良い」企業を創り上げていくためにはとても大切なことだと感じた。

 また、日本郵船は日本史の経験に裏付けられた背景、そして海運業を生業として多くの人や企業、国と協働してきたという歴史から、現在では海運業を活かした社会貢献活動を実施している。

 具体的には、地震や津波の被災地に緊急支援物資を送ること、また、アフガニスタンなど、途上国にランドセルを送る、日本国内で放置された自転車を送るなど活動を実施している。さらに、120周年記念事業として『「飛鳥」チャリテークルーズ』も行った。これは東京都内の里親を持つ子供達とその親を日本郵船の関係会社が所有する客船に招いて、子供たちと喜びや思い出を分かち合おうという事業だ。この事業には社内から約80名の当日ボランティアも募集された。上述した、社員に対して「場」を与える一環である。そして、この「場」はゆうせん読み聞かせ隊という新たな「場」が生まれるきっかけにもなったらしい。浜本さんも社内保育所の設置に尽力し、女性の働く「場」をつくりあげた。

一つの「場」が新しい「場」を生んでいく

 日本郵船を訪問して、僕自身、「理想的な企業とは?」という問に対して大きく二つのことを考えた。一つ目に、歴史、伝統がありそれらを活かして社会に価値となるものを生み出していくということの大切さだ。二つ目に、常にそれらの伝統をベースに新たな価値、その企業でしか生み出せない価値を模索し、挑戦し続けていくことである。

 そうした、伝統と活力を背景に社会全体をステークホルダーと捉え、事業を実施している企業。まさに理想的な、サステイナブルな企業ではないだろうか。

 今年の日米学生会議のテーマにも副題に「伝統への回帰と私たちの挑戦」というコトバが含まれている。伝統と挑戦、そして「場」。「理想的な企業」を模索していくときの重要なキーワードだと感じた。

 日本郵船のように、日米学生会議も社会に対して、サステイナブルに貢献していける存在であり続けたいと強く願う。

担当者:第58回日米学生会議実行委員 山田裕一朗


日本郵船勉強会にて

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7月7日 マガジンハウスOG訪問  
 
「文化」的視点からみた感想
 
 昭和60年に売られた『平凡PUNCH』で「かっこいい韓国」を特集したことについての話が一番興味深かった。第29回のJASCで知り合ったアメリカ人が韓国について勉強していたことがきっかけとなって、船山さんは韓国へ遊びに行くことになった。今でこそ「韓流ブーム」と言われ、すっかり日本人の間で韓国文化が人気を博しているが、当時の軍政下の韓国は、まだまだ怖い国というイメージが強かったという。実際韓国に行っても、日本からの観光客は買春目当ての中年男性ばかりが目立っていた。

 しかし、彼女は韓国の本当の魅力をどうにかして伝えたいと思い、出版をしたいと熱望した。当時知られざる韓国の魅力的な文化を紹介した雑誌は大ヒット。韓国のイメージが変わっていくきっかけのひとつだったのかもしれない。JASCでの出会いがきっかけとなり、雑誌という媒体を通して韓国という国のイメージを変え、韓国をより身近で魅力的な存在へと変えていった瞬間であろう。

 それも当時の彼女の「勇敢な第一歩」があったからこそ開けていった道なのだと思う。既存の考え方にとらわれず、新しい関係構築に向けて自分なりの第一歩を踏み出そうという気持ちは、多くのJASC参加者に通じるものがあるのではないだろうか。


個人的感想

 残るのは人間関係。

 29年前のJASCという経験が今の彼女にとって、どのような形で残っているか。毎年1,2回行われるという「読書会」という形で定期的に今でもコンタクトをとる仲間が残っているという。どんなに濃い一か月を送ろうとも、その記憶自体は時が経つごとに色あせていくのかもしれない。

 しかし、最後に残るのは「人」である。同じ場所で同じ時を熱く過ごした仲間と、何十年後も集まって話せる機会があるということが非常に大きな価値のあることではなかろうか。

担当者:第58回日米学生会議参加者 大原 学


第4回JASCerOB/OGインタビュー
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CATEGORY : JASCerインタビュー企画
第4回JASCerインタビュー 船山 直子 氏 (第29回参加者)
DATE : 2006-07-19-Wed  Trackback 0  Comment 0
第4回JASCerインタビュー
船山 直子 氏「第29回参加者」
現職(2006.7):株式会社マガジンハウス クロワッサン編集部


日米学生会議(以下、JASC)に参加したきっかけは?
 
 私が学生だった1970年代は、現在のように情報へのアクセスが整っていない時代でした。そんな中、アメリカの文化に惹かれていたこと、またJASCに参加する一年前の夏に、友人と二人でアメリカを訪れたこと
が、参加のきっかけです。
 
 当時は、バックパッカーも流行っていましたが、私たちもリュックをしょってアメリカを貧乏旅行したのです。今のように、簡単に海外にいける時代ではなかったですね。


JASCに参加して感じたこと、得たものはありますか?
 
 アメリカへの旅行やJASCに参加した中で、実感したことは、アメリカ人も日本人とそれほど変わりはないということです。当時はアメリカ文化の若者への影響力が強く、非常に刺激的な国という印象が強かったのですが、実際に当地を訪れてみると、学生の行動やファッションが日本で得ていた情報をもとに抱いていた印象ほど特別なものではなく、普通だと感じました。
 
 ただ、アメリカ人の学生が政治的な議論などで、意見を真っ向から戦わせ、白熱している姿には驚かされました。
 
 JASCで出会った友人にはいろいろな影響を受けました。現在でも、「読書会」というかたちで年に1,2度、持ち回りで本を選び、感想を述べ合う会を開いています。再会がいつも一番大事な目的なんですけどね。教師や商社、メーカーで働く仲間、それぞれ違った仕事を持っていますが、当時の参加者6人ほどで集まっています。その中でも私が一番ドメスティックな職場にいるかもしれません。なかなか全員が日本に揃っていることは少ないのですが、時にはテヘランからの仲間の帰国に合わせて会を開くということもあります。

-素敵ですね。僕らもそんな関係が築けるように頑張ります。

 そうですね。つながりを感じます。第29回JASCのリユニオンも最近開かれました。


船山さんは、ドメスティックな職場で働かれているとおっしゃっていましたが、わりと海外と関わりの深い職場を選ぶJASCのOB・OGが多い中で、なぜ今の職業を選択されたのですか。またJASCは船山さんの仕事選びに何か影響はありましたか。

 この仕事を選んだ背景は本や活字に興味があったからです。特にJASCが大きく影響して今の仕事を選んだというわけではありません。もちろん、いろいろな面でJASCから得たものは大きかったのですが。

 ただ、JASCでの友人関係が雑誌作りに発展した経験があります。今日はJASCと仕事のつながりという意味で20年以上前のことですが、過去に私が関わっていた青年向け週刊誌「平凡PUNCH」という雑誌で、韓国を紹介する特集を組んだことをお話します。
 
 この号が発刊されたのは、1988年のソウル五輪の3年前でした。当時の韓国は、経済発展が進む一方で、北朝鮮との軍事的な緊張も今よりも厳しく、また言論の自由も十分に保障されていなかったことなどから、私などは少し怖い国という印象を抱いていました。

 そんな時に、JASCの参加者に韓国を勉強している友人がいて、彼を訪ねつつ、女性二人で韓国を旅行しました。当時、韓国に行く日本人旅行者と言えば、キーセン観光という売春目的の中年男性が多く、現地での日本人の印象は決してよくありませんでした。だから、女性二人で来ていることに現地の方がびっくりされ、親切にしてくれる方もいました。韓国の活気、エネルギーにも驚きました。

 韓国はもっと面白くなってくるんじゃないか、そして韓国の今の顔を日本の若者に伝えたいと思い、上司に提案して、取材が実現しました。今のような韓流ブームとは程遠い時代でしたが、日本では滅多になかった韓国特集であったこともあって雑誌もよく売れました。

 私がJASCの友人を訪ねたことに始まり、そこから「近くて遠い国」の横顔を紹介する記事が実現したという意味で、どこかでJASCの目指す国際交流につながるものがあるのでは、と思います。


今日、現在のJASCer(日米学生会議参加者、学生)に会ってみて参加された当時のJASCerと違いを感じますか。
 
今日、少しお話ししただけではわかりません。ただ、JASCに参加した77年の夏は面白い夏でした。みなさんも楽しんでください。


<結び>

 船山さんありがとうございました。今回は特にJASCに関係するテーマについてのインタビュー内容を書きました。特に平凡PUNCHの記事については「文化とアイデンティティ」分科会の大原くんも感想を書いてくれているので、そちらもぜひ読んでみてください。僕とは違った視点で、感想を交えて船山さんのお話を描いてくれています。

 また、JASCとは直接関連しないのですが、「雑誌とは?!」というお話も非常に面白かったです。船山さん曰く、雑誌とはあくまで「雑」である。つまり雑誌は、自分の得たい情報にダイレクトにアクセスするような、例えば参考書や辞書のようなものと異なり、それ以外の情報にも偶然に出会う可能性があることも魅力の一つだそうです。そして、そこに生活を豊かにするちょっとしアイディアやヒントがあること、しかもそれが低価格で売られていて、誰にでもアクセスしやすいことなどが、雑誌が必要され続ける所以ではないかとおっしゃっていました。

 僕自身も船山さんの言葉には強く同意します。

 また、あるテレビで、デザイナーの方がゲスト出演していたときに、司会者が彼に疑問を投げかけました。「デザインは生きるために必ず必要なものではない。そのデザインにかけることができるのはなぜなのか?」それに対して、同じくもう一人の司会者が脳学者の見識を背景に答えていました。「必要なもの、例えば食物を欲する脳の場所とデザインをいいと思う(欲する)脳の場所は同じなんだよ。つまり食べ物は体の栄養で、デザインは心の栄養みたいなものかな。」

 なるほど、雑誌も、もしこの世になかったら人が生きていけないというものではない。しかし、その雑誌は私たちの生活の知恵や楽しみ、知識を与えてくれる。そして心を豊かにしてくれる。心の豊かさは生活の豊かさに結びつく。

 そんな雑誌を通して、人々の生活に何かをもたらそうとされている船山さんの仕事に強い魅力を感じた。

 私たち、現役のJASCerはもちろんのことまだ学生の身分だ。そして今、私たちは社会への門出を前にして、単に働くというだけでなく「働き方」を問い続けている。答えはないかもしれない。しかし、今日、船山さんにお会いさせていただき、活き活きと雑誌の魅力を語る姿をご拝見して、とてもステキだなと思った。

これからもステキなOB/OGの方をインタビューしていきたいと思います。

担当者:第58回 日米学生会議実行委員 山田 裕一朗
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企業の社会的責任。今や世界的な潮流となり、日本でも近年話題になり始めたCSRの概念。もはや21世紀の企業を取り巻く環境はCSR抜きには語れない時代を迎えつつある。
 

去る6月19日に宝酒造株式会社環境広報部環境課長の大豊様にお話を伺う機会をいただいた。宝酒造では昨年から緑字決算報告書を出す試みがあり、これまでの環境活動重視からCSR全般への移行を計っている企業だ。そのための様々な取り組みなどを伺った。
 

興味深かったのが、宝酒造がとてもオリジナリティのある活動をしていることだ。例えばまず、他の企業のCSR報告書にあたる緑字決算報告書。この緑字というのは、事業活動ではじき出される黒字、赤字とは別に環境に対して貢献できた度合いを、ECOという宝酒造オリジナルの単位で換算し分かりやすく表示したものである。これにより、今まで専門的すぎて分かりづらかった環境報告書が、とても分かりやすいCSR報告書に生まれ変わっている。


そして、この報告書のもう一つの特徴はCSRという言葉が出てこないことだ。今どの企業もCSRという言葉をアピールしている中、宝酒造はあえてこの言葉を使っていない。というのも宝酒造にはまだCSRの定義がないのだ。私は今回の訪問に行くまで、CSRの定義をきちんとしておくべきで、それから何らかの活動をするべきだと思っていた。しかし、お話を聞くにつれ、必ずしもそのような必要性があるとは感じられなくなった。宝酒造は、日本でいうCSR元年のそれより何十年も前から様々な社会貢献活動を、マーケティング戦略の一環として効果的に取り入れている。自社のイメージアップ、売り上げ増加のために、カムバックサーモンキャンペーンや北海道ホタル計画など様々なユニークなプロジェクトに取り組み、効果的な宣伝を含めた事業活動を展開してきた。それらの活動による事業へのフィードバックもあった、と大豊氏はおっしゃる。宝酒造を身近に感じてもらいたい、その気持ちが多くのプロジェクトにつながっているように思う。宝酒造はこのような活動を蓄積してきた企業であり、それがCSRという言葉で置き換わったに過ぎないのだ。だからこそ今から新しくCSRの定義を作る必要性があるのか、という活発な議論が社内でなされている。まさに自分たちらしい活動を模索しているように感じた。


昨今CSRという言葉ばかりが先行してしまい、中身の伴わないCSRが存在することは否めない。名ばかりのCSRであっては、本末転倒である。そんな中、たとえ他社の動きとは違っていても、独自の事業展開をされている宝酒造の方針は、私の目にとても魅力的に映った。社会貢献活動は今までしてきたことなのだ。それを今新しくCSRという言葉ができたことで皆がとまどっている。たしかに、聞きなれない3文字のアルファベットは少し馴染みにくいものかもしれない。そしてこのCSRには確固たる定義やマニュアルは存在しない。今多くの企業が試行錯誤しながら手探りを続けている。そもそもCSRの概念は、社会的影響力の大きい企業が、市民社会に悪影響を与えることなく健全に事業活動を行い、そして社会に良いインパクトを与えうる企業を目指そうというものではないだろうか。本業を充実させ、顧客や消費者を満足させ、社会をも満足させ、そして従業員を大切にする。そのような企業の姿勢そのものがCSRであり、CSRという言葉は最重要というわけではないのだ。そのことに改めて気付いた。まさに、はやりものではないほんもののCSRを追求している企業だと思った。京都という伝統的企業風土のある地で着実に良い仕事をしている企業だと思った。
 

最後に、大豊様がこの訪問を実現させてくださったこと、そしてお忙しい中、お時間を頂いたことに心から感謝しております。


担当者:第58回日米学生会議参加者 尾田 亜沙美


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アジア開発銀行勉強会報告書                   
文責:青山泰司
  
日時:2006年6月23日
場所:アジア開発銀行経済研究所 

概略
 国際援助機関としてのアジア開発銀行における「開発と貧困」に対する、取り組みを伺った.特に、新たな可能性として、NGOとのコラボレーションの事例について解説していただいた.講師をしてくださったのは、アジア開発銀行経済研究所の中井倫太郎さん。政府機関からの出向できておられ、主に途上国における「水」問題のリサーチをしておられる方でした.
 
感想
 事前にレジュメを作ってのレクチャーや、事後にもメールで質問の回答を頂くなど、私たちのために大変時間を割いてくださり、理解を深めることができた.印象的だったのは、アジア開発銀行といえば援助に携わる国際機関として一般に認知されているが、国際関係上の政治力学にその存立を大きく規律されているという点だ.アジア問題に積極的に関与したいアメリカと、地域のリーダーとして振る舞いたい日本が同率出資していることからも伺われる.しかし、このような外在的な要因を抜きにして、どうすれば効率的で実効性のある援助を行うことができるかということが問題だと以前からおっしゃっておられ、ただ資金だけでなく、「人を救い助ける」というとても人間的な行為をルールや制約の中で実現していく。本当に、本当に難しいことだ。
 
 さいごに、参加者からの質問にごまかすことなく、正直にお答えくださった中井さんに深く御礼申し上げたい.

担当者:第58回日米学生会議参加者 青山 泰司
ADB訪問写真

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CATEGORY : Information
「ソーシャルイノベーターズVol.2 ~新たな価値創造を目指して~」
DATE : 2006-07-07-Fri  Trackback 0  Comment 0
実行委員会の山田です。
ガイアの夜明けにも登場したタリーズコーヒージャパン会長松田氏を
お招きし講演会を開催します。

ぜひぜひ、ご参加下さい☆

☆★――――――第58回日米学生会議の公開講演会のお知らせ
「夢ってなんですか?」

就職活動中に面接官に投げかけてきた問い。

同じ答えはなかった。

忘れかけてたと素直に答えてくれた人。

夢なんて現実の前に壊れるものだと豪語する人。

家族を幸せにすることと自信を持って答える人。

仕事を通して実現したい夢を語る人。

そして、仕事を通して叶った夢を語る人。

夢をかなえようと懸命に生きる人から学びたい。

夢、それは人を突き動かす大きな力。

今、語られる

タリーズコーヒージャパン会長 松田公太 氏 の夢

「ソーシャルイノベーターズVol.2 ~新たな価値創造を目指して~」

7月7日(金) 18時~20時 
タリーズコーヒージャパン株式会社
代表取締会長兼CEO 松田公太氏 講演会


ソーシャルイノベーターズVol.1(http://www.jasc-japan.com/news/060421.html)では、企業の社会的責任や社会責任投資の促進でご活躍なさっている秋山をね (株)インテグレックス代表取締役社長をお招きしました。 秋山社長の、CSRとは「トップを含め社員全員が、企業の経営理念に沿って行動し、それを実践すること」であるというメッセージを引き継ぎ、第二回では本業の中で「食を通じた文化の掛け橋」という社会的責任を実現されているタリーズコーヒージャパン株式会社 代表取締役会長兼CEOの松田公太氏にお話を伺います。

共に作る明日へむけて、私たちと、働く意味を考えてみませんか?


【プログラム】
第一部 基調講演
「私の夢―食を通した文化の掛け橋―」
タリーズコーヒージャパン株式会社 
代表取締役会長兼CEO 松田 公太 氏

第二部 パネルディスカッション
「食を通してつながる世界
―日本食に秘められた可能性にかける想いー」

ファシリテーター
NPO法人 学習学協会上席研究員 永堀 宏美 氏

パネリスト
タリーズコーヒージャパン株式会社代表取締役会長兼CEO 松田公太氏
農林水産省大臣官房国際部貿易関税課輸出促進室課長補佐 高橋一成氏
慶應義塾大学法学部教授 鈴木透氏
第58 回日米学生会議代表者


【日時】
平成18年7月7日(金)午後6時(開場! 5時45分)終了予定時刻 午後8時


【場所】国立オリンピック記念青少年総合センター
センター棟101教室(http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html

【参加者】学生・社会人 約200名


■参加方法■
参加希望の方は、①氏名 ②所属 ③講演者やパネリストへのご質問(希望者のみ)を明記の上、7月7日までにlecture_jasc58@hotmail.co.jpへメールにて申し込み。(当日参加も可。)
* 入場無料


■講師略歴■
松田 公太 タリーズコーヒージャパン株式会社 代表取締役会長
1968年12月3日生まれ。73年からセネガル、79年から米国マサチューセッツ州で過ごす。86年に帰国し筑波大学国際学類に入学。同大学を卒業後、三和銀行(現 三菱東京UFJ銀行)に入行する。96年起業を志し退行し、97年8月「タリーズコーヒー」1号店を銀座店にオープン。98年5月タリーズコーヒージャパン株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2002年8月持株会社体制に移行(フードエックス・グローブ株式会社)。同年11月 クーツグリーンティー株式会社を設立、「クーツグリーンティー」1号店を港区神谷町にオープン、緑茶カフェの展開を開始する。2005年 8月 タリーズコーヒージャパン日本における「Tully! ’s」商標権を完全取得。2005年11月 タリーズコーヒージャパン株式会社 代表取締役会長に就任。今年5月「クーツグリーンティー」海外1号店を米国シアトルに出店。著書に『すべては一杯のコーヒーから』(新潮社:05年3月に文庫本も発刊)



永堀宏美 NPO法人 学習学協会 上席研究員
慶應義塾大学法学部卒業。筑波大学大学院修士課程及びコーネル大学大学院修了。国際会議運営等を経て、平成7年よりグローバル教育・人財開発研修講師として独自活動を展開。現在、教育界の研修及び学生向けライフ&キャリアセミナー、またファシリテーター等で幅広く活躍。元茨城県牛久市教育委員長。共訳書に『エンパワーメントの鍵』クリスト.ノーデン.パワーズ著、実務教育出版。2女の母として自らの「人財開発」も奮闘中。



高橋一成 農林水産省大臣官房国際部貿易関税課輸出促進室 課長補佐
1992年農林水産省(経済局)入省。その後、構造改善局、食品流通局、食糧庁を経て、2000年に国土庁(現在の国土交通省)に出向。2002年8月より農林水産省総合食料局。ここで、食料・農業・農村基本計画の見直し作業(特に、食料自給率目標の設定)に従事。農林水産物の輸出金額を5年間で倍増するという目標が設定された直後の2005年4月より現職に就任、現在に至る。



鈴木透 慶應義塾大学法学部教授
1964年うまれ。慶應義塾大学文学部卒業、慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。 専攻領域: アメリカ文化研究、現代アメリカ論、アメリカ文学・映画研究。最近の主要著作:『現代アメリカを観る: 映画が描く超大国の鼓動』(丸善,1998)『実験国家アメリカの履歴書: 社会・文化・歴史にみる統合と多元化の奇跡』(慶應義塾大学出版会、2003)『性と暴力のアメリカ』(仮題) (中公新書、2006年9月刊行予定)等。

■主催■
第58回日米学生会議実行委員会

■第58回日米学生会議特別協賛■
NPO法人 学習学協会


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主催:財団法人国際教育振興会
後援:外務省 文部科学省 米国大使館 日米文化センター
   財団法人 国際ビジネスコミュニケーション協会
Webサイト: http://www.jasc-japan.com/
公式 blog: http://jasc58.blog33.fc2.com/
お問い合わせ先:contact@jasc-japan.com
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CATEGORY : 58thJASC
EUのソフトパワー 勉強会 in 関西
DATE : 2006-07-05-Wed  Trackback 0  Comment 0
7月5日水曜日。京都に住むJASCメンバー4人で勉強会を開いた。講師は、立命館大学国際関係学部の大平和之教授だ。先生は外務省から立命館に出向という形で2年間いらしている方で、来年からはまた現役の外交官に戻られる予定だ。

専門職の外交官として、EU・アフリカでの滞在が長く、学術的知識も豊富だが、その経験に生まれている言葉はとても興味深い先生である。

勉強会のテーマは2つであった。1つ目はEUの持つソフトパワーについて、2つ目はEUでの企業の社会的責任についてだ。先生はわざわざ大量の資料を用意してくださって、それを元にいろいろ解説をしていただいた。結局2時間以上も先生を拘束し、質問等にも答えていただいた。

日米学生会議であるせいか、メンバーはあまりEUに対して目を向けていない人が多い。けれど、EUを考えずに今後の世界は考えられないと私は強く感じてい
る。

この勉強会で得た知識、そして頂いた資料をきちんと消化し、本会議に備えたいと思う。

担当者:第58回日米学生会議参加者 真田 雄太

大平先生勉強会

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 物事ひとつを考えるにしても、私たちは往々にして一方的で主観的になってしまいがちだ。複数の視点から考察することがいかに大切かということを実感した勉強会であった。
 
 去る、6月16日(金)私たち日米学生会議のメンバー6人は法務省を訪ね、入国管理局総務課広報係の東郷康弘係長、ならびに難民認定室の中村淳補佐官からお話を伺った。
 
 まず、日本の難民受け入れが他のG7諸国と比べて極端に少ないことについて、歴史的背景の相違に言及しつつ、説明してくださった。日本の難民認定者数は、年間最大二桁であるがそれは分母である申請者の絶対数が少なく、認定者数に対する、認定者と非認定者の合計数をパーセンテージで考えると決して他の先進諸国に劣っていないということであった。
 
 そして、難民の認定基準については、わが国は認定に関する包括的プログラムを設定しておらず、難民条約をもとに一人一人に対して丁寧に難民調査官と難民の間に信頼関係を築きつつ証拠や証言をもとに審査を行うということである。新しく導入された参与員制度を入管は非常に高く評価しており、参与員と難民調査官の意見の相違、一致に関わらず互いに勉強、すり合わせができることは非常に有意義であるという。
 
 また、移民問題について日本は現時点で「移民を受け入れる体制になっていない」国であり、将来的に移民受け入れが現実味を帯びてきたときにいかに対応するかということについて、東郷氏が私見を交えながら法務省の取り組みを紹介してくださった。もし少子高齢化問題の打開策として移民受け入れを始めるなら、2050年その数、年間65万人の移民 受け入れを余儀なくされる。ちなみに現在外国人の登録数は200万人である。それが現実となったとき、子女の教育問題、社会保障制度の充実に急務を要する。また安い労働力だから受け入れるという発想は人権の侵害であって、日本人と同等の賃金を支払うべきであるし、そういった単純労働に低賃金で外国人を従事させるという日本経済の構造は変革しなければならない。移民受け入れ問題は難民と性質を異としており、多様なアプローチが必要であるということだった。
 
 弁護士の先生と相反する立場の入管のお話を聞けたことは、まさに日本社会を多角的に捉える意味において重要であったと同時に、知的好奇心を掻き立てられるエキサイティングな勉強会であり、メンバーそれぞれがさらに問題意識を深める結果となった。
入管法や警察庁のデータ、また難民の現状を示す多くの資料を準備に加え、長時間に及び貴重なお話をいただいたお二方に深く御礼申しあげたい。

担当者:第58回日米学生会議参加者 三窪 英里
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